2016年04月21日
アイ・マイ・ミー?
何度か書きましたが、私は世間一般的な表現(?)を借りれば、いわゆる理系崩れです。はい!高校3年にして数学的センスがないということに気がつきました。もっとも、私がいたのは普通科ではなくて理数科というクラスでしたが、クラスメートの半数近くは文転したような記憶があります。中学レベルの数学が出来た程度で理系と勘違いしたのは、しかたのないことかもしれません。もっとも、ひとを文系、理系と区別するのはちょっとナンセンスな気がします。いわゆる文系のかたでも英語などの外国語はともかく、日本語が苦手なひとも散見されますので。
以前は、曖昧なことが嫌いで白黒はっきりさせたいほうで、グレーであっても白黒の比率を明確にしたいほうでした。そして唯物論者かつ決定論者的なところがありました。
曖昧を数学的に表現するといったファジー理論(まあ実際は乱数と同様に擬似的なもの)というのが、すいずん前に存在し、家電にも応用されていたことがあります。ほかには、ニューロとか1/fのゆらぎといったものも家電に応用されましたね。最近はそういうのはないのでしょうか?
一時期、複雑系とか、カオス理論というのが脚光を浴び、投資にも役立たせようという動きがありました。たしか行動経済学という分野も関連していました。しかし観念論的で、実践的なものは見かけませんでしたが、その後進化を遂げているかもしれません。当時、会社の後輩に「そのうちカオス洗濯機とか出るんじゃないのかな?洗ってみないとわかりませんとか」と言ったら、後輩曰く「いやいや、たぶん洗濯するとカルマン渦がプリントされますよ」とのことでした。カオス家電と銘打ったものは見かけませんでしたが、どこかで応用されているのかな?
しかし、社会人になってから投資理論の専門書とか読むと、確率統計はともかく、行列とかベクトルが出てきたのには困りました。しかたないので30歳のころ、基礎から復習しましたが、高校生の時ちゃんと数学やっておけば良かったと反省しました。
世の中ほとんどの問題は数学と論理で解決できるとは考えています。
しかしネックは、ジレンマが発生する場合の目的の優先順位ですね。倫理とか感情とか…いずれも気分の問題ですが…
以前は、曖昧なことが嫌いで白黒はっきりさせたいほうで、グレーであっても白黒の比率を明確にしたいほうでした。そして唯物論者かつ決定論者的なところがありました。
曖昧を数学的に表現するといったファジー理論(まあ実際は乱数と同様に擬似的なもの)というのが、すいずん前に存在し、家電にも応用されていたことがあります。ほかには、ニューロとか1/fのゆらぎといったものも家電に応用されましたね。最近はそういうのはないのでしょうか?
一時期、複雑系とか、カオス理論というのが脚光を浴び、投資にも役立たせようという動きがありました。たしか行動経済学という分野も関連していました。しかし観念論的で、実践的なものは見かけませんでしたが、その後進化を遂げているかもしれません。当時、会社の後輩に「そのうちカオス洗濯機とか出るんじゃないのかな?洗ってみないとわかりませんとか」と言ったら、後輩曰く「いやいや、たぶん洗濯するとカルマン渦がプリントされますよ」とのことでした。カオス家電と銘打ったものは見かけませんでしたが、どこかで応用されているのかな?
しかし、社会人になってから投資理論の専門書とか読むと、確率統計はともかく、行列とかベクトルが出てきたのには困りました。しかたないので30歳のころ、基礎から復習しましたが、高校生の時ちゃんと数学やっておけば良かったと反省しました。
世の中ほとんどの問題は数学と論理で解決できるとは考えています。
しかしネックは、ジレンマが発生する場合の目的の優先順位ですね。倫理とか感情とか…いずれも気分の問題ですが…
Posted by 木原 昌彦 at
23:05
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2016年04月21日
名はタイ(テイ?)を表す?他意?君の名は?
投資信託を設定・運用している会社に3社、全部で15年在籍していました。アナリストは7年くらいで、ほかは経営企画室のような部署、コンプライアンスやリスク管理、商品企画、投資顧問営業やクライアントサービス、パフォーマンスを分析する部署などに所属し、やらなかったのは計理(経理とは違います)くらいですが、自分でも基準価額の計算をたまにやっていました。
ところで投資信託には、なぜか愛称というものをつけることがあります。そういう場合には、積極的にアイデアを出しましたが、採用されたのは1度しかありません。
大学を卒業して最初に入った運用会社(11年在籍)は、販売会社である証券会社が親会社でした。ある時、社運(?)を賭けた商品(正確には製品ですが)を大体的に売り出そうということで、販売していただいている証券マンの方々に愛称を募集するということになりました。そして、出された案の一つに「あすなろ」というのがあってびっくりしました。
「あすなろって…たぶん井上靖の『あすなろ物語』のあすなろだよな…それって明日には檜になろうと頑張っても、結局なれないという、あの「あすなろ」だよな。『あすなろ白書』ってドラマもあるらしいけど、そっちは観たことないなあ。案を出したひとの教養をちょっと疑いたくなるけど、もしかして運用の失敗を願っている確信犯かも?」
マズイと思ったので、上司に進言して、候補から外すべきだと主張しましたが、いつも生意気だったので主張が通らず…なんと、その「あすなろ」が愛称になりました。「名は体(テイ?)を表す」とも、いいますが、結果としては名前の通りになりました。その会社は親証券会社が当時の日本興業銀行(第一勧銀と富士と合併して現在みずほ銀行)の命令で合併すると同時に合併しました。その後、親会社が吸収合併されて、みずほ証券になったものの、その運用会社は未だに合併されずにしぶとく残っています。ちょっと特徴のある会社でしたので。うーん…やめなければ良かったなあ…後悔先立たず…
話は変わりますが、私の名前は「〇彦」といいます。父は「源〇」で〇には同じ字が入ります。私の家系は、亡き父から聞いたところによると、大内氏を追いやったあとに、毛利に滅ぼされた陶晴賢の家来だったようで、陶晴賢が死んだあとに、毛利からオファーを受けたものの、武士は2君につかえずということで集団自決したらしいですが、一人だけ生き残ったひとがいて、毛利の部下にはならず下野し、その後、豪農かつ商売人(なぜか江戸時代には帯刀も許されたようです)になったようです。そして時代は流れ、農地改革の時に政府に土地を取り上げられたと聞いています。
本家の長男には、「源」という字をつける風習がありましたが、既に本家の直系はいなくなり、私の父が生まれた時に本家を継ぎました。私が産まれた時に本家筋の祖母が、「源」をつけるように迫ったらしいですが、父は聞き入れずに私に〇彦とつけました。てっきり父の1字をとったものと思っていましたが、ある時、一緒に酒を飲んだ時に聞いたら、意外な真相でした。父の叔父にあたる人で〇助というひとがいたそうで、早世したものの、当時、天才児と言われていたそうです。同じ字だけど、気持ちは父の叔父から取ったと言っていました。大叔父の生まれ変わりとして…でも私は天才でもなく、昔の上司に言われたところによると長生きするみたいですが…
そういえば、昔の上司で一流大学(たしか一橋)出身のかたにこんなことを言われました。
上司 「俺はいわゆる秀才だが、お前はテンサイだな!そのふざけた発想は!」
私 「いやー!それほどのことは…ありますよ!」
上司 「天の災いのほうだよ!」
私 「ええ!できれば、サトウ大根でお願いしますー」
上司 「…」
はい!今日も落ちはありませんが、最後に11年ほど在籍した会社に敬意を表してサイトのURLを…
http://www.shinkotoushin.co.jp/
ところで投資信託には、なぜか愛称というものをつけることがあります。そういう場合には、積極的にアイデアを出しましたが、採用されたのは1度しかありません。
大学を卒業して最初に入った運用会社(11年在籍)は、販売会社である証券会社が親会社でした。ある時、社運(?)を賭けた商品(正確には製品ですが)を大体的に売り出そうということで、販売していただいている証券マンの方々に愛称を募集するということになりました。そして、出された案の一つに「あすなろ」というのがあってびっくりしました。
「あすなろって…たぶん井上靖の『あすなろ物語』のあすなろだよな…それって明日には檜になろうと頑張っても、結局なれないという、あの「あすなろ」だよな。『あすなろ白書』ってドラマもあるらしいけど、そっちは観たことないなあ。案を出したひとの教養をちょっと疑いたくなるけど、もしかして運用の失敗を願っている確信犯かも?」
マズイと思ったので、上司に進言して、候補から外すべきだと主張しましたが、いつも生意気だったので主張が通らず…なんと、その「あすなろ」が愛称になりました。「名は体(テイ?)を表す」とも、いいますが、結果としては名前の通りになりました。その会社は親証券会社が当時の日本興業銀行(第一勧銀と富士と合併して現在みずほ銀行)の命令で合併すると同時に合併しました。その後、親会社が吸収合併されて、みずほ証券になったものの、その運用会社は未だに合併されずにしぶとく残っています。ちょっと特徴のある会社でしたので。うーん…やめなければ良かったなあ…後悔先立たず…
話は変わりますが、私の名前は「〇彦」といいます。父は「源〇」で〇には同じ字が入ります。私の家系は、亡き父から聞いたところによると、大内氏を追いやったあとに、毛利に滅ぼされた陶晴賢の家来だったようで、陶晴賢が死んだあとに、毛利からオファーを受けたものの、武士は2君につかえずということで集団自決したらしいですが、一人だけ生き残ったひとがいて、毛利の部下にはならず下野し、その後、豪農かつ商売人(なぜか江戸時代には帯刀も許されたようです)になったようです。そして時代は流れ、農地改革の時に政府に土地を取り上げられたと聞いています。
本家の長男には、「源」という字をつける風習がありましたが、既に本家の直系はいなくなり、私の父が生まれた時に本家を継ぎました。私が産まれた時に本家筋の祖母が、「源」をつけるように迫ったらしいですが、父は聞き入れずに私に〇彦とつけました。てっきり父の1字をとったものと思っていましたが、ある時、一緒に酒を飲んだ時に聞いたら、意外な真相でした。父の叔父にあたる人で〇助というひとがいたそうで、早世したものの、当時、天才児と言われていたそうです。同じ字だけど、気持ちは父の叔父から取ったと言っていました。大叔父の生まれ変わりとして…でも私は天才でもなく、昔の上司に言われたところによると長生きするみたいですが…
そういえば、昔の上司で一流大学(たしか一橋)出身のかたにこんなことを言われました。
上司 「俺はいわゆる秀才だが、お前はテンサイだな!そのふざけた発想は!」
私 「いやー!それほどのことは…ありますよ!」
上司 「天の災いのほうだよ!」
私 「ええ!できれば、サトウ大根でお願いしますー」
上司 「…」
はい!今日も落ちはありませんが、最後に11年ほど在籍した会社に敬意を表してサイトのURLを…
http://www.shinkotoushin.co.jp/
Posted by 木原 昌彦 at
21:50
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2016年04月21日
どちて?
小学生のころ、「一休さん」というアニメがありましたが、正直つまらなく感じていました。自宅に帰ってテレビをつけた時にこの番組が画面に出るととても残念な気分になりました。毎週楽しみにしていた「8時だよ全員集合」が器械体操の日である時と同じくらい残念でした。
たしか中学生のころ、クラスメートに「どちて坊や」と言われていた時期があったと記憶しています。これは、一休さんに出てくるキャラクターで、誰かが何かを言うと「どちて?」と聞き返し、答えてもらってもそれに対して「どちて?」と理由を求める質問を繰り返すという小さな子供でした。たしか、頓智(屁理屈とどう違うのか不明)自慢の一休さんもこの子供が苦手だったような気がします。大人は疑問に思ったことがあっても、周りの空気を読んであえて聞かずに、なんとなく周りに合わせることを余儀なくされることが多いかと思います。下手に疑問を口に出すことでトラブルに巻き込まれることもままあります。疑問に対する答えが、ブラックな大人の事情であるケースのほか、単に誰も考えずに習慣(因習?)として行動している可能性も否定はできません。しかしながら多くの場合、考えても何も解決しないこともままあるので、大人は大人の対応をしている訳です。
東京からUターンして中途入行した銀行に、高校の後輩が数名いました。ある時、業務上の事務処理の方法で不合理に思ったことがあり、特に深く考えずに、その後輩に聞いてみました。その後輩からは「キハラさん、実はそれは気づいてはいけないことなんです。気づいても口に出してはいけないことなんです。」との答えが返ってきました。かつて、どちて坊やだった私も、それ以上聞くのはやめておきました。
中学の道徳(まだこの教科は存在するのかな?)の教科書に、ギリシャの哲学者ソクラテス(弟子のプラトンが書いたのが「ソクラテスの弁明」)のことが書かれていました。有名な話なのでご存知のかたも多いかと思いますが、彼は、あらゆる人(若者が主な対象だったかな?)に様々な質問を投げかけ、その人たちが物事をより深く考えるように仕向けたことが原因で、最後は裁判にかけられ、毒を飲んで死ぬという刑罰を受けました。昔も今もそうかもしれませんが、支配階級のかたがたは、(もしかしたら好意で?)情報を操作したり、民衆や大衆(定義がいまいち不明)が物事を深く考えないように仕向ける傾向が見受けられます。まあ、アジ演説や恐怖政治という方法もあります。
今日もなんとなく脈絡なく書いてしまいました。まあ、結論としては、「雉も鳴かずば撃たれまい」か、ガリレオの「それでも地球は回っている」のお好きな方をお選びください。
ちなみに私は、正しいとか正しくないとか考えても結論がでずに眠れなくなくこともあるので、最近は面白ければそれでいいと考えています。高杉晋作曰く「つまんないから、面白くしようぜ!(現代語版)」
たしか中学生のころ、クラスメートに「どちて坊や」と言われていた時期があったと記憶しています。これは、一休さんに出てくるキャラクターで、誰かが何かを言うと「どちて?」と聞き返し、答えてもらってもそれに対して「どちて?」と理由を求める質問を繰り返すという小さな子供でした。たしか、頓智(屁理屈とどう違うのか不明)自慢の一休さんもこの子供が苦手だったような気がします。大人は疑問に思ったことがあっても、周りの空気を読んであえて聞かずに、なんとなく周りに合わせることを余儀なくされることが多いかと思います。下手に疑問を口に出すことでトラブルに巻き込まれることもままあります。疑問に対する答えが、ブラックな大人の事情であるケースのほか、単に誰も考えずに習慣(因習?)として行動している可能性も否定はできません。しかしながら多くの場合、考えても何も解決しないこともままあるので、大人は大人の対応をしている訳です。
東京からUターンして中途入行した銀行に、高校の後輩が数名いました。ある時、業務上の事務処理の方法で不合理に思ったことがあり、特に深く考えずに、その後輩に聞いてみました。その後輩からは「キハラさん、実はそれは気づいてはいけないことなんです。気づいても口に出してはいけないことなんです。」との答えが返ってきました。かつて、どちて坊やだった私も、それ以上聞くのはやめておきました。
中学の道徳(まだこの教科は存在するのかな?)の教科書に、ギリシャの哲学者ソクラテス(弟子のプラトンが書いたのが「ソクラテスの弁明」)のことが書かれていました。有名な話なのでご存知のかたも多いかと思いますが、彼は、あらゆる人(若者が主な対象だったかな?)に様々な質問を投げかけ、その人たちが物事をより深く考えるように仕向けたことが原因で、最後は裁判にかけられ、毒を飲んで死ぬという刑罰を受けました。昔も今もそうかもしれませんが、支配階級のかたがたは、(もしかしたら好意で?)情報を操作したり、民衆や大衆(定義がいまいち不明)が物事を深く考えないように仕向ける傾向が見受けられます。まあ、アジ演説や恐怖政治という方法もあります。
今日もなんとなく脈絡なく書いてしまいました。まあ、結論としては、「雉も鳴かずば撃たれまい」か、ガリレオの「それでも地球は回っている」のお好きな方をお選びください。
ちなみに私は、正しいとか正しくないとか考えても結論がでずに眠れなくなくこともあるので、最近は面白ければそれでいいと考えています。高杉晋作曰く「つまんないから、面白くしようぜ!(現代語版)」
Posted by 木原 昌彦 at
02:35
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2016年04月21日
企業内テロリスト?
以前、会社の先輩に「お前はテロリストみたいだな!」と言われました。実は(似非?)マキャベリストで目的のためなら手段は選ばないという面もあります。そう!効率的、効果的なことを重要視しています。倫理的な問題も生じかねませんが、まあ倫理というのもおそらく気のせいで状況に応じて変化するものかと思われます。
若いころ、上司や役員などの経営陣に意見具申したりしてもなかなか通らない時がありました。もっとも、私の意見が間違っていたり、時期尚早だったこともあるかとは思います。ある時、経営方針に関して先輩に意見を述べたら、「それはお前が考えることではないよ。そんなこと言ってたら、越権行為だな」と言われました。「おっしゃるとおりですが、今の経営陣のやりかたでうまくいくと思いますか?」と聞いたら「そんなことは思わないが、意見を言う暇があったら、もっとまともな会社に転職(転社?)したほうが労力が少なくて済むと思うけどな」と返されました。もちろん、その考え方もある価値観のもとでは正しいかとは思います。
組織にいる以上、そこの文化や因習、ルールを守るということは基本的には正しいのかもしれません。まあ、①とにかく我慢する(一番楽な方法?)②組織を変えるために行動する③辞めてしまう(楽ですが、辞めたあとにほかの会社に入った場合、同様な問題がおそらく生じる)、④とりあえず我慢して出世してから自分の思うとおりにやる(長期戦かつ不確実性も高いような?)などの選択肢がありますね。
私は、最近はのんびりモードですが、若い頃はせっかちでした。結果として取った行動は、ゲリラ戦法かテロ行為です。前者についてはまた今度書こうかと思いますが、後者は要するにあえてトラブルを発生させるということです。
社内的なトラブルもあれば対外的なトラブルもあります。なるべく後者は避けたいとは思いますが、ケースバイケースです。つまり、現体制ではこんな問題が起きますよと意見具申しても、相手にされないのであれば、実際にトラブルを起こしてしまうほうが、経営陣に潜在的(事後的には顕在?)なリスクを認識させることができ、比較的早い対応がなされることが想像されます。
具体的な社名や時期などについてはあえて伏せますが、何度か実行したことがあります。結果は比較的良好でした。もっとも、会社を辞めるハメになったこともありますが、まあそれも想定内です。
昔直訴したり、一揆した農民さんたちは死罪でしたね。磔の刑だったかな…まあ現代ではそれで殺されるという可能性は低いかと…
そして方法論のひとつとしては有効であると愚考します。
クビを覚悟した時には、後輩に「俺の屍を越えてゆけ」と伝えておきました。
若いころ、上司や役員などの経営陣に意見具申したりしてもなかなか通らない時がありました。もっとも、私の意見が間違っていたり、時期尚早だったこともあるかとは思います。ある時、経営方針に関して先輩に意見を述べたら、「それはお前が考えることではないよ。そんなこと言ってたら、越権行為だな」と言われました。「おっしゃるとおりですが、今の経営陣のやりかたでうまくいくと思いますか?」と聞いたら「そんなことは思わないが、意見を言う暇があったら、もっとまともな会社に転職(転社?)したほうが労力が少なくて済むと思うけどな」と返されました。もちろん、その考え方もある価値観のもとでは正しいかとは思います。
組織にいる以上、そこの文化や因習、ルールを守るということは基本的には正しいのかもしれません。まあ、①とにかく我慢する(一番楽な方法?)②組織を変えるために行動する③辞めてしまう(楽ですが、辞めたあとにほかの会社に入った場合、同様な問題がおそらく生じる)、④とりあえず我慢して出世してから自分の思うとおりにやる(長期戦かつ不確実性も高いような?)などの選択肢がありますね。
私は、最近はのんびりモードですが、若い頃はせっかちでした。結果として取った行動は、ゲリラ戦法かテロ行為です。前者についてはまた今度書こうかと思いますが、後者は要するにあえてトラブルを発生させるということです。
社内的なトラブルもあれば対外的なトラブルもあります。なるべく後者は避けたいとは思いますが、ケースバイケースです。つまり、現体制ではこんな問題が起きますよと意見具申しても、相手にされないのであれば、実際にトラブルを起こしてしまうほうが、経営陣に潜在的(事後的には顕在?)なリスクを認識させることができ、比較的早い対応がなされることが想像されます。
具体的な社名や時期などについてはあえて伏せますが、何度か実行したことがあります。結果は比較的良好でした。もっとも、会社を辞めるハメになったこともありますが、まあそれも想定内です。
昔直訴したり、一揆した農民さんたちは死罪でしたね。磔の刑だったかな…まあ現代ではそれで殺されるという可能性は低いかと…
そして方法論のひとつとしては有効であると愚考します。
クビを覚悟した時には、後輩に「俺の屍を越えてゆけ」と伝えておきました。
Posted by 木原 昌彦 at
00:01
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