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Posted by チェスト at

2016年04月10日

厚黒学?

城壁
最近、面の皮が厚くなり、まるで城壁のようです。
まだ若輩者ではあるものの、ここ数年間で様々なことが身の回りに起こって(起こして?)、一時期自殺を考えたこともありました。通常の人間の脳は不愉快なことを忘れるようにできていると聞いたことがあります。それにストレスにも耐性がつくようになるそうです。それで少々のことでは驚かなくなりました。以前は腹が立つようなことでも、最近は瑣末なことだと笑って(嗤って?)流せるようになりました。まあ、鈍感力もしくは老人力のようなものかもしれません。

30代前半のころ、フラメンコギターの師匠の自宅近くでレッスン帰りに寄っていた古本屋で面白い本を見つけました。タイトルは「厚黒学」で副題は「厚かましくかつ腹黒く生きよ」というものです。著者は近代中国の思想家のようです。ネタバレを避けるためいつものように詳細は避けますが、中国の歴史上の人物の行動パターンやその成果を分析したもので、結論としては厚かましく腹黒くなければ成功はしないということでした。まあ、中国版ニコロ・マキャッベッリのようでした。登場人物は戦国時代や三国時代が中心でした。

善人が成功するのは不可能ではないものの、様々な価値観や思想が入り混じった世の中では、かなり困難ではないかとも思われます。善人は利用されたり、騙されたり、早死するのが一般的なようです。

在籍した会社で公憤というか不愉快な思いをした時に、ちょっと体制をぶち壊してやろうと思い、後輩とこんなやりとりをしたことがあります。

私  「実は俺は前世はアナキン・スカイウォーカーだったんだよ。だからこれから暗黒面に突入することにする」
後輩 「暗黒面に突入するのは、ジェダイとして活躍してからでも遅くないのではないですか?」
私  「うーん(返す言葉がない)…すまん!俺が悪かった!」

もっとも、不愉快な思いをした時、どのような行動に出るかはひとそれぞれですね。私は先輩や同僚、後輩に比較的恵まれたほうだと思っています。

ところで、以下に楽天BOOKのURLを記載します。

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最後に、作家の塩野七生女史はエッセイの中でこんな内容のことをおっしゃってました「悪人でも有能な為政者は認めるものの、善人でも無能な為政者には肌に泡が立つ」。残念ながら(?)、人間は平等にはできていません。世の中、公平でもありませんが、それが自然なのでしょう。正しいことよりも生き延びることのほうが重要かもしれません。
  

Posted by 木原 昌彦 at 02:55Comments(0)読書

2016年04月10日

猫かぶっています!

どらえもん


タイトルはここ最近の処世術というか、基本姿勢です。

若い頃は、いいたい事言い放題、やりたいことやり放題でしたが、まあそれが許される(?)環境に長くいたというのが原因としてあったのかもしれません(言い訳)。

子供のころから、よく喋る方で小学生の時に、担任の先生に「キハラ君は口から生まれてきたのでしょう」と言われた時に「いいえ、僕は逆子だったので足から生まれてきたはずです」と答えたため、殴られたことがあります。

大学生の時に、同級生の女の子に「キハラ君は、女の子のどんなしぐさがかわいいと思う?」と無意味な質問をされたために、「かわいいこはたいてい何してもかわいいよ。おならしても!」と答えたために、周りから総スカンをくらい、女性は真実よりも優しい嘘が好きということに、この頃気づきました。

最初に入った会社の内定式で、社長から「これなら人に負けない何かが君にはあるかね」と聞かれたため、「うーん…そうですね。減らず口なら誰にも負けない自信がありますよ」と答えて呆れられたりしました。

東京の吉祥寺のいきつけのBARで飲んでいたら、初対面の人に「もしかして、キハラさんですか?」と名前を当てられ、「マシンガントークのキハラさんですよね」と言われたので「いいえ、違います。私はスナイパーライフルです。ワンショット・ワンキルですよ」と誤魔化したことがあります。

自分では自然体のつもりでも、傲慢、独尊などといった捉えかたをされたことも多くあり、ある時「なんでお前はいつも上から目線なんだ」と言われたので、思わず「私が上から目線なのではなく、あなたが下から目線(卑屈)なのではないですか?」と答えたこともありました。

でも、ここ数年は、いろんな意味で疲れてきたので、無用のトラブルを避けるために猫をかぶっております。自分なりにかなり言動にリミッターをかけているつもりですが、逆にそれが、慇懃無礼にあたることもあるかもしれません。

以前、とあるBARで大人しく(?)飲んでいた時、ウイスキーをショットで頼んだら、マスターに「ストレートはつぐだけで楽だからありがたい」と言われたので、「いやー、割って飲むのはカルピスくらいですよ」と答えたら「君は腹も割ってないでしょ」と見透かされてしまいました。入店3回目にしてバレるとはまだ慣れていないのかもしれません。

今後は、「猫かぶってるでしょ!」と言われたら「いやー…そんなことニャいですよ」と答える予定です。


  

Posted by 木原 昌彦 at 01:55Comments(4)

2016年04月10日

なりすまし?いやシンクロニシティ?

現在ブログの移管作業中なため、ブログのタイトルである「SCHOLEの気のせい?」で検索すると2つ、いえ実は3つ出てきます。

たしか10ヶ月くらい前、友人から連絡があり、「お前のブログのなりすましみつけたぞ!」とのことでした。意味がよくわかりませんでしたが、該当のURLを送ってもらったところ…以下のようなものでした。

http://ghfdghd33.mie1.net/

つまり私のブログのタイトル「SCHOLEの気のせい?」という名前で全く別人のブログが存在していたということです。
どうも、昨年の6月に開始されたご様子ですが、投稿は一つだけです。面白かったのでそのブログにコメント書いておきました。

私が山口県のブログサイトを利用し、このブログ名で投稿を始めたのは、5年前の3.11以降に地元の山口県にUターンして、銀行員として働き始めた5月ころだったかと記憶しています。当時は実名でやっていました。一度閉鎖した後に、昨年友人の勧めで、匿名(もっとも、見ていてだいてる人やコメントをいただける人のほとんどは知り合いのようなので、いまさら意味はないかもしれませんが)で再開しました。

学生時代、港区南青山にある帝国データバンクという信用調査最大手の会社でアルバイトをしていて、仕事の内容は商業登記簿の閲覧と確認作業でしたが、たしか同じ区内では同じ商号は使えないというルールがあったように記憶しています。

もっとも、ブログ名を商標登録などしているわけではありませんし、たまたま、ということも十分考えられます。というか何のメリットもないような気がします。

もしかしたら哲学者のユングが提唱していたシンクロニシティ、つまり共時性のようなものだろうかとも感じました。

昨夜、カラオケパブでスティングという歌手の歌を歌いましたが、彼は以前、POLISというスリーピースのバンドでベース弾きながら歌ってました。邦題で「見つめていたい」などいい歌かと思います。POLISにはシンクロニシティってアルバムがあったような気がします…

はい!特に落ちはございません。  

Posted by 木原 昌彦 at 00:57Comments(0)