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Posted by チェスト at

2024年01月30日

【3月9日(土)】迫武仁先生の講演会

今回は私の所属する地域政党である薩摩志士の会が主催する時局講演会の案内です。
迫先生は一昨年国際政治アナリストの渡瀬裕哉氏の講演会の時もお話ししていただき、
http://schole.chesuto.jp/e1695991.html

昨年の春はお一人で講演をしていただきました。
残念ながら私は昨年の講演会は体調を崩して参加できなかったので楽しみです。
詳細は添付ファイルにございますのでご参照くださいませ。
3月9日迫先生講演会


  

Posted by 木原 昌彦 at 00:16Comments(0)薩摩志士の会イベント

2024年01月29日

据え膳食わぬは…

陸軍中野学校


以前のブログではシリーズ化していました、飲食店で知り合った興味深い人物です。おそらく、もう亡くなられたのではないかと思われます。

大学卒業して、とある資産運用会社に就職し、親会社である証券会社の独身寮に入れてもらいました。寮は武蔵野市というところにあり、最寄駅は三鷹でした。寮は30歳までに(結婚して?)出なくてはなりませんでしたが、私は30歳の時まだ独身だったものの、吉祥寺にも近いし、三鷹駅は始発で通勤も便利だったため、通常は結婚していないと入れない家族向けの社宅が同じ武蔵野市あることを聞きつけ、総務課長に交渉して社宅である2DKのマンションに引っ越しました。家賃は確か2万円くらいでした。割と閑静な住宅街にありましたが、住宅街に珍しく、一戸建ての一部を改装した、スナックがありました。

そのスナックの客層は40代、50代のサラリーマン風のかたが多く、世間話をすると多くの場合、仕事の愚痴、過去の栄光の自慢話をよく聞かされたため、あまり面白くなかったのですが、常連のひとりに棺桶に片足を突っ込んでいるような雰囲気のかなりのご高齢と思われる紳士がいました。私は老婦人には興味はありませんが、老紳士には興味があり、いわゆるグランドファーザーコンプレックスです。ちなみに私が生まれたとき、父方、母方ともに祖父は亡くなっていたこともあり、祖父から戦時中などの話を聞く機会がなかったせいかもしれません。

ある時、その老紳士に話しかけてみると、日頃話しかけられることがないからか、喜々として話に乗っていただき、昔のことを教えていただけました。当時の戦況などについてお詳しかったので、どこで戦われていたのか聞いてみると、「いや、ほとんど戦闘には参加していないよ」とのご回答でした。

何度かお会いするうちに、「君は若いのに結構歴史に詳しいね。歴史好きなのかな?」と聞かれたので、ちょっと格好をつけて「いいえ、それほどでもないですよ。まあ、歴史はキャバクラ(現在は卒業してたまにOB会に参加)と同様に男のたしなみみたいなものですから」と答えると、何故かその回答が気に入ったご様子で、「家族にもあまり話してないけど、実は私は陸軍中野学校出身なんだよ」と話し始めました。陸軍中野学校とは戦時中存在した、いわゆるスパイ養成学校のことで、体力があって、頭脳明晰かつ機転がきくといった若者がスカウトされたようです。そのかたは、上官の推薦で編入したようでしたが、訓練後には主にマレーシアに商社マンという肩書きで派遣され、現地での諜報活動や現地人エージェントのスカウトなどしていたそうです。もっともスパイは国際法で認められていないのでバレたら即処刑される運命にあり、そのかたの同期のかたは半分近く処刑されてな亡くなったとのことでした。

陸軍中野学校は、以前、市川雷蔵という美形の俳優が主演で映画化されていましたが、柴田錬三郎氏原作の眠り狂四郎のほうが有名ですね。眠狂四郎といえば、「据え膳食わぬは男の恥」というのがありました。ちなみに私はいわゆる草食系ではなく、給食系です。出されたものは好き嫌いせず食べないといけないという家庭に育ったもので…上げ膳もいいなあ…円月殺法はできません…長谷川平蔵の無外流ならぬ、無害流なので…  

Posted by 木原 昌彦 at 01:00Comments(0)

2024年01月26日

Love me tender!Bartender!

bartender


英語では、何かするひとを名詞+IST、もしくは動詞+ERで表現しますね。ピアノ弾く人をピアニスト、ギター弾く人をギタリスト、動詞の場合は、プレイヤーとかスレイヤーなどと…以前、アナリストという仕事をしていましたが、よくキャバ嬢に仕事を聞かれた時に誤解されました。もっとも、アナルは形容詞で、名詞はアヌスなので明らかに間違いです。私は知らない言葉を聞くと語源を知りたくなるほうですが、バーテンダーはBartenderと書くので、てっきりBartendという動詞があるものかと思っていました。

吉祥寺にあるZEBECというBARに以前よく通っていました。初めて行った時に、現在はマスターをされているバーテンダーさんが、当時は20代でスタッフとして迎えてくれました。彼は俳優の池内博之似のなかなかイケメンだったのですが、最初のやりとりはこんな感じだったと記憶しています。

彼「いらっしゃいませ。ZEBECにようこそ。私はバーテンダーのゴウダと申します。あだなはジャイアンです。」
私「はじめまして。ジャイアンというと、名前はタケシさんなの?」
彼「いいえ、アツシです。」
私「そうなんだ。あなたはなかなかイケメンだねえ。ワイルド系イケメンって感じかな」
彼「いえ、ワイルドではなくて、マイルドです。」
私「ええ!スーパーマイルド?」
彼「…」

彼には、いろいろ教えてもらったり、仕事やプライベートで不愉快なことがあった時に癒されました。

ZEBECには当時、もうひとりバーテンダーさんがいて、彼は矢沢永吉のファンで何度かコスプレを見たことがありました。たいてい仕事中は白いジャケットを着ていましたが、師匠から譲り受けたバーテンダーの正装らしく、矢沢ファンが理由ではなかったようです。

二人とも、プロフェッショナル・バーテンダーズ機構の資格保持者で、ある時その協会のテキストを見せてもらったことがありましたが、辞書のような分厚さでなかなか覚えるのたいへんそうに感じたことがあります。


前置きはそろそろやめて、ある時ZEBECで飲んでいたら、ふとバーテンダーという名称は何なのか疑問に思って、お二人のどちらかのバーテンダーさんに聞いてみました。すると…

彼「BARは、鳥が羽を休めるための止まり木から派生したようですね。疲れた時に休む場所のような意味合いです。ここのカウンターにも足元に棒があるでしょう。TENDERは優しいという意味ですね。」
私「そうなんだ!じゃあエルビスのLove me tender のtenderなんだねー」



先日、最近通っている自宅近くのカフェ・バーでコーヒーを飲んでいたら、たまたま初対面の常連さんと世間話になりましまた。そのかたも酒飲みだそうでBARの語源の話になり、そのかたから聞いた話では、BARは酔っぱらいのならず者を懲らしめるために殴りつける棒であるとのこととか…BARについては、どちらも納得できそうな話ですが…私は前者のほうが好きですね…まあ、後者の場合でも優しくなぐったのでしょうか?

最後に今回初回下話に出てくるBARの公式サイトのURLを以下に記します。
https://barzebec-kichijouji.com/

  

Posted by 木原 昌彦 at 16:45Comments(0)BAR

2024年01月24日

お金を回そう!

100ユーロ紙幣



昨年末あたり、facebookでつながっている徳永さんという船長をされているかたの投稿が興味深かったので、ご本人に許可を貰ってブログで紹介する次第です。

私は江戸っ子ではないですが、「宵(酔い?)越しの金も記憶も持たない」というケースが多くあります。


出典は未確認ですが、以下は徳永さんが投稿されたお話しの内容です。

「100ユーロ紙幣」

ときは8月、黒海沿岸の町。雨にぬれる小さな町は活気がなく、すっかり寂れていた。

人々は借金を抱えて苦しい生活をしているのだ。
その町へ、一人の旅人がやってきた。そして町に一つしかないホテルに入ると、受付のカウンターに100ユーロ紙幣を置き、部屋を選ぶために2階へ上がって行った。
ホテルの主人は100ユーロ紙幣をひっつかんで、借金返済のために肉屋へ走った。 肉屋は同じ紙幣を持って養豚業者へ走り、100ユーロの借金を返した。 養豚業者はその紙幣を握ると、つけにしてある餌代と燃料代を払うために販売業者に走った。
販売業者は100ユーロ紙幣を手にすると、この厳しいご時世にもかかわらず、つけでお相手をしてくれる町の遊女に返そうと彼女のもとに走った。
遊女は100ユーロ紙幣を懐にしてホテルに走り、 たびたびカモを連れこんだホテルに借りていた部屋代を返済した。
ホテルの主人は、その100ユーロを受け取ると、紙幣をカウンターの元の位置に置いた。
ちょうどそのとき、部屋をチェックして2階から降りてきた旅人が、どの部屋も気に入らないと云って100ユーロ紙幣をポケットにしまいこみ、町を出て行った。

誰も稼いでないけど、町中の誰もが借金を返し終わり、町は活気を取り戻した。」


お金ってなんですかね?

金は天下の…回し者?

最後に徳永船長の天照丸の公式サイトのURLは以下のとおりです。
https://www.tensyomaru.com/
  

Posted by 木原 昌彦 at 15:48Comments(0)小ネタシリーズ

2024年01月22日

【先行告知】2024年3月30日(土)Amplugged@イパネマ

タイトルのとおり音楽イベントの先行(?)告知です。
一般的な「Unplugged」ではなく、「Amplugged」…アンプに繋げられたという意味の私が考案した造語です。

昨日当面の内容が決まりました。
出演の順番に変更の可能性はあります。

あと、このフライヤー画像は私がPOWERPOINTで作成しましたが、シンガーソングライターもされている知り合いのプロのデザイナーのかたに仕上げていただく予定なので、完成したら改めて正式に告知してフライヤー印刷予定です。

また、facebook上にイベントページを作成いたしました。
お店のキャパは40席くらいと記憶しております。
チケットは作成する予定はありませんが、参加表明いただければ優先的に席を用意いたします。
https://fb.me/e/3xA1jIkng


最後に、以下のURLは毎回フライヤー印刷でお世話になっている会社の公式サイトです。ご参考まで。
https://www.combi-d.net/

Amplugged20240330


  

Posted by 木原 昌彦 at 19:36Comments(0)イベント

2024年01月20日

郷 僕らの道しるべ

郷 僕らの道しるべ


今回は映画の上映会の紹介です。そして注意事項です。3/24(日)は会場の都合で中止になりました。
代わりに3/2(土)の16:45からとなります。私もまた観に行く予定です。また、4月にも予定があるそうなので日時が確定したら再度お知らせします。
尚、文科省選定映画に最近認定されたそうです。

ちょうど1年くらい前にとある才媛とfacebookでつながりました。小川夏果さんというかたです。プロフィールから女優さんだと思ったのですが、なんと映画プロデューサーもされているとのことでした。当初、私が数年前に鹿児島でロケのあった映画でエキストラをしたことや、共通の知り合いに映画関係者がいることのメッセージのやり取りをしただけでした。
とてもおきれいなかたなのでインスタのURLを以下に記します。
https://www.instagram.com/ogawanachu/

その後、昨年の11月にひさしぶりにメッセージをいただいたのですが、制作された映画の上映会のお誘いでした。私は基本的に美女からのお誘いは断らない主義なのと、たまたまオフだったので自宅から30分くらい歩いて会場のハートピアなんとかという厚生年金が原資で建てられたらしい立派な建物に観に行きました。

会場の受付で小川さんと初めてお会いしましたが、名前を名乗ってお金を払い、会場を見渡したら知人が数名いたのでそのかたがたの近くに腰掛けました。

映画の内容はもちろんネタバレを避けて書きませんが、鹿児島出身の20代の伊地知さんという若者が監督をされているとのことでした。この映画を観て、若いころはさまざまな苦悩を抱えていたなあと思い出しました。その時はつらかったけれども、その苦難を乗り越えて(避けて?)きたから今の自分があると思っています。

そして添付の画像のとおり、来月の2月4日(日)、そして3月2日(土)にも上映会があるそうです。みなさま是非足を運んでくださいませ。

ところで、私は高校生の時にバンド活動以外に物理部と放送部に所属してましたが、高2の時に母校の山口県立徳山高校の野球部が甲子園に出場したので、SONYの8ミリビデオのカメラで練習や試合や選手、監督さんへのインタビューなどを撮影し、ドキュメンタリービデオを顧問の先生と作りました。編集後はVHSビデオでしたが、20年くらい前にパソコンでデジタル変換してDVDに焼きました。

話を戻すと小川さんと伊地知さんは、中国の映画製作の学校で一緒だったそうです。調べたらけっこう大きな学校のようですね。中国に限らず、映画はプロパガンダに利用された歴史がありますが、何かを伝えるためには効果的な手段だと考えています。

余談ですが、今年の3月に恒例の私企画のAmplugged(アンプにつなげたという私の造語)という音楽イベントをする予定です。実は小川さんがプロデュースされた映画に触発されたので、今回初めて音楽イベントの記録映像を撮る予定です。もっとも、機材とかノウハウは自分にはないので、餅は餅屋、プロである小川さんに撮影や編集、コンサルテーションをしていただけないか先日打診をいたしました。(下記URLは先行告知の投稿)
http://schole.chesuto.jp/e1721970.html

この文章を書き始めた時に想定していた内容から、かなり乖離してしまいましたが、毎度のことでございます。

最後に小川さんが昨年設立された会社の公式サイトのURLを以下に記します。
https://letheany.com/
  

Posted by 木原 昌彦 at 11:00Comments(0)イベント

2024年01月19日

魔術師になる方法?

魔術師


東京で投資顧問会社に在籍していた時期の同僚にYさん(たしか一歳年上)というかたがいます。英国留学経験のある紳士でよく私をたしなめてくれました。ファッションに全く興味がない私が「Yさんはいつもおしゃれですね」と言ったら「キハラさん違いますよ。これはおしゃれではなく身だしなみというものです。おしゃれは自分自身のためにすることですが、身だしなみとは周りを不愉快にさせないための最低限のマナーです」とさらりと言われました。

あるとき同僚数人で世間話をしていた時に私が「まあ愛なんて所詮は気のせいですよ」と言ったらYさん曰く「キハラさん違いますよ。気のせいなのではなく愛は機能性です。」と返されました。

機能性→機能 性→機能 of 性→セクシュアル・ファンクション? なんだか歌のタイトルみたいだなと思いました。 


話は変わりますが、子供のころや若い頃は割と読書家でした。科学思想や歴史関連の本が一番好きでしたが、実際は濫読なほうで、読まないのはアンチョコ的な自己啓発本や無内容なタレント本くらいです。もっとも、最近はあまり面白そうな本がないので読んでいません。テレビも観ませんし、新聞読むのも何年も前に卒業したので、誤りや恣意的(?)な偏りといったノイズ(?)に溢れたマスコミの情報などとは無縁の生活をしています。まあ、必要な時に必要な情報を得る手段はいろいろあるので特に困ることはありません。

20代半ばの頃、当時通っていた杉並区荻窪のフラメンコギター教室の帰りに、荻窪駅の近くにあった古本屋によく寄っていました。本の値段が見た目が綺麗かどうかで決まるような、なんとかOFFとは違って、いろいろマニアックな本がおかれていました。

ある時、邦題が「魔術師になる方法」という本を見つけました。よくあるトンデモ本かと思ったら、中世ヨーロッパの、錬金術などが真面目に(?)研究されて時期に書かれたものの訳本でした。序章には以下のようなことが書かれていました。

「気のせいという言葉があります。一般的には勘違いといった意味で使われていますが、本来はそうではありません。実は「気」というものが存在していて、そのせいであなたはそう思うのです。気のせいは単なる気のせいではなく、やはり「気」のせいなのです」

ユングの共時性などと似てるのかなと思い目次を見たら、古代ユダヤの数秘術であるカバラなども記載があったので面白そうだと思って購入しました。

まずは、魔術師になるための基礎として、より多くの酸素を脳に供給するための呼吸法について記載があり、試しにやってみましたがすぐに挫折したために魔術師になるのは断念しました。

このブログのタイトルにも使っている「気のせい」を私は日常会話でもよく使います。もっとも、一般的な意味でのほうが多いです。よくわかりやすい話をしようとか、すべきだと言われることはありますが、私はどちらかというと懐疑的で、一般的にわかりやすいという話は、内容に意識を集中しなくても、なんとなくわかったような気がするといった与太話が多いようです。金融商品などの広告やパンフレットなど読む(見る?)と、厳密には誤った内容であったり、一部の情報を大きく取り上げることで誤解を招くような表現を見かけることもあります。もっとも、目的は理解されることではなくて、購入してもらうためなので、嘘にならない程度の誤解を期待しているのかもしれません。本当に理解するためには、ある意味複雑な思考を要するのかもしれません。

そう言えば、アニメのエヴァンゲリオン(ちなみに英語のevangelismは福音主義)の登場人物の加持さんも主人公の誰かを諭してこんな内容のこと言っていました。

「わかったのではなくて、わかったような気がするだけさ」

でも、わかったような気がするだけのほうがストレスはないのかもしれません。知らぬが仏?



※ちなみにこのブログの内容もたぶんタイトルどおり気のせいです。  

Posted by 木原 昌彦 at 10:02Comments(0)読書

2024年01月16日

パエリアはバレンシア!

パエリア
鹿児島市の東千石町から、平之町の中古マンションを購入して引っ越し、約半年が経過しました。引っ越す時はとりあえず最低限必要なものに絞ったので、料理道具はほとんど持ってこず、フライパンと小さい鍋、コーヒー専用のケトルだけにしてました。

最近知り合いの料理男子の影響を受け、自炊したり、お弁当を作ったりしています。ひさしぶりにパエリアでも作ってみようかなと考えてます。

ところで日本では、パエリアはスペイン料理の代表格的な位置づけのようで、私もそう思っていました。大学の卒業旅行でスペインに行った時も、観光客向けだったのかパエリアはよく出てきたような気がします。

東京にいた頃、フラメンコのギター教室に通っていました。
歌や踊りの伴奏のクラスにいた時に、師匠が口づてでフラメンコの歌詞を教えてくれてましたが、スペイン語で聞き取る能力がないため、カタカナでメモっていました。同じクラスに先輩の女性がいたのですが、南米からの帰国子女でスペイン語が堪能なため、そのままスペイン語で書きとっていました。ある時、そのノートをお借りしたのですが、職場が近かったこともあり、お礼にランチに招待しました。

せっかくなのでスペイン料理にしようと思い探したら、日本橋コレド(Core Edoの意味らしい)の別館にサン・パウというレストランが見つかったので予約しました。後から知ったのですが、世界的に有名なお店だとのことです。

ランチなのに1時間強のコースでしたが、出てくるものがフレンチのようで、自分のイメージしていたスペイン料理ではなく、いつパエリアが出てくるのかと思っていたら、デザートが出てきました。疑問に思ったので、お店のイケメンスペイン人男性に声をかけ、パエリアは出てこないのか聞いてみたら、「よく誤解されますが、パエリアはバレンシア地方などの穀倉地帯の郷土料理のようなものです。当店は、北西部のガリシア地方の料理のレストランなので、パエリアは出てきません。」とのお答えでした。

まあ、外国人が日本料理店に入って「え?きりたんぽは出てこないの?」と言っているようなものでしょうか。

ちなみにスペイン語では、パエージャと発音するようです。

また最近スペイン語教室にも再度通い始めました。  

Posted by 木原 昌彦 at 17:18Comments(0)

2024年01月13日

夜のとばりに南無阿弥陀仏-坊主BAR

地元の山口県にUターンする前は、東京都中野区というところに住んでいました。中野区は結構Deepな場所で、秋葉原などより古く、サブカルチャーのメッカ的な存在です。ルーツとしては、井上 円了という人物に遡れるようです。このかたは、元はお坊さんでしたが、明治政府が発足し、東京帝国大学ができて、文学部哲学科が創設された時の一期生と聞いています。東洋大学の創始者とか、中野区の哲学堂公園を作ったかたとしても知られていますが、晩年は妖怪の研究をしていたそうです。
坊主&ビール


40歳で中野に住み始めた時に、近辺のBARを開拓しましたが、オーセンティックなBAR以外に、アニメや特撮をテーマにしたBAR、メイド(冥土?)バー、70~80年代のハードロックを専門に流すお店など、サブカル的なお店が多くありました。

その中でもよく通ったのは、ブロードウェイ傍にある中野ワールド会館(AV女優の黒木香さんが転落事故を起こした場所でも有名?)の2階にあります坊主BARでした。店主は釈源光さんというかたで、浄土真宗東本願寺大谷派の僧侶です。同志社大学哲学科卒の博識なかたで、様々な職業を経て、仏門の道にはいられたとのことです。

私は、高校生の時に歴史が好きになり、いろいろ本を読んでいくうちに、歴史の流れと(結果として)密接に関わる宗教関連こともかじりました。もっとも、宗教は心が壊れないための方便として存在するという認識でいます。仏教に関しては、理論派の真言系のほうに魅力を感じていましたが、自分自身が様々な経験をしていくうちに、ここ数年は浄土系の存在意義もたしかにあると考えるようになりました。

坊主BARは大谷派が運営しているとのことで、中野がたしか2号店で、1号店は四谷にあると聞いています。京都のほかに、最近東京でも尼僧BARもオープンされたようです。

お店には仏教関連の書物(漫画も含む)がおいていたり、映像を流していたりしていました。また、マスターの釈さんは無類の音楽好きでもあり、安室奈美恵さんのファンでアムロ如来と呼んでました。私はウイスキーのストレート派なので飲みませんでしたが、オリジナルカクテルで「色即是空」とか「エロ坊主」などがありました。通っていた当時は、アルバイトで来ていた仏教大学の大学院生(実家が真言系の寺とのこと)ともよく話をし、仏教にまつわるエピソードをいろいろと教えてもらいました。ちなみにオフィシャルサイトサイトのURLは以下の通りです。

http://nakano-vowsbar.com/

ところで、現在は鹿児島県の姶良市というところに住んでいます。BARも何軒か開拓してお気に入りの店もできました。機会があればいろいろ紹介したいと考えています。  

Posted by 木原 昌彦 at 00:38Comments(0)BAR

2024年01月10日

日本維新の会 鹿児島支部創設を

日本維新の会



以前も投稿しましたが、私は2021年の5月に地域政党の薩摩志士の会に所属したまま、
国政政党の日本維新の会に入りました。
http://schole.chesuto.jp/e1658477.html
http://schole.chesuto.jp/e1658731.html

私は現在、以下の2名の日本維新の会、鹿児島市政対策委員のかたを支援しております。
 安楽ひでみさん:https://o-ishin.jp/member/detail/post_1228.html
 田中こうへいさん:https://o-ishin.jp/member/detail/post_1229.html

ご本人へのヒアリングなどを踏まえ、お二人が鹿児島市で成し遂げたいことやお人柄など紹介する記事を投稿する準備をしているところです。


さて、鹿児島市政対策委員には、もう一人、田代氏というかたもいます。
https://o-ishin.jp/member/detail/post_1211.html
大学(青山学院大学)の後輩で学部(経済学部)も同じようです(事実関係は未確認)が、調査した結果、他の委員との協力を拒むだけではなく、迷惑行為もあるとのことや、昨年の県議選に出馬される際に私が本部の許可をもらって電話したところ、意味不明な言動だけでなく人として礼を失した行動をとられていたこと、ご本人の公式サイトやブログなどの記載内容からは能力的に問題もあるのではとも思い、私個人は支援すべきではないという判断をしました。

実は昨日、本部に電話して確認しました。
党の規約では、これまで前例はないそうですが、あと30名党員がいれば国会議員などが鹿児島にいなくとも支部を作れる可能性あるとの回答でした。

かつて山之内さん(このかたも大学の後輩)というかたが国会議員だったころは、もちろん支部はありましたが、現在、鹿児島には日本維新の会は国会議員、県議、市議はゼロで支部もありません。

支部があったほうが党員を増やし結果として、「個人の自立、地域の自立、国家の自立」という維新の政治理念の実現に有利であると考えています。

私は議員は目指していませんが、若者や有能なかたを議員にしたいと考えています。
また、仕事を複数抱えているので支部が出来ても役職などに就くつもりはありません。
協力は惜しみませんので、どなたか支部長以外の役職を有志のかたに立候補いただきたいです。

尚、日本維新の会の党費は年間2,000円で、自民党や立憲民主党の半額です。

ご興味のあるかたは、宜しければ以下のメールアドスにご連絡いただければありがたいです。
m.kihara49@gmail.com 木原 昌彦

最後に日本維新の会はネットで入党の申込が出来ます。URLを以下に記します。
https://o-ishin.jp/about/joinus/request/

  

Posted by 木原 昌彦 at 03:43Comments(0)日本維新の会