2021年06月27日
ノブレス・オブリージュ
ことばは生き物ですね。時間が経過するにつれ本来の意味から派生したり逆説的に使われるのが一般化したりすることが多いです。もっとも、不勉強で無教養もしくは悪意のあるマスコミが間違った使い方をして広まってしまうことも多いですね。
30歳の頃に通っていた吉祥寺のカフェで知り合った女性がある時「今日はセレブ飯食べて来た」と自慢げに発言して違和感があったことがありました。本来のセレブはそう簡単になれるものではないです。米国大統領を輩出したケネディ家も当初はただの金持ちであったのが、一族の命を数名分社会の為に捧げてようやくセレブと認められたと聞いたことがあります。
現在は芸能人とか実業家で大金が稼げるようになったかたがたをセレブと言っていますね。社会的に成功したり、大金を稼ぐこと自体は別に悪いことではないですが、中にはお育ちが悪かったのか品性を疑うようなかたも散見されるので、そういうかたがたは「成金」というのが適切かもしれないですね。
ところでタイトルはご存知のかたも多いでしょうが、フランス語で「高貴なる者の義務」というものですね。まあ能力があったり、責任ある立場のかたは、それを自分自身の利益ではなく社会のために使う義務があるということでしょう。欧州だけでなく階級社会が残っている国は多くあります。制度でなくとも慣習として存在しているということには、人間社会の中でも何か合理的な理由があるのかと思われます。個人的には私は平等という概念は幻想で現実的ではないと考えています。平等とは不公平のことですね。社会に貢献するかたにはそれなりの待遇が必要であるとも考えています。
最初に「ノブレス・オブリージュ」という表現を知ったのは学生の時に読んだ「ケインズとハイエク」という本でした。私は当時経済学部に在籍していて、いわゆるマクロ経済学を学んでましたが、ケインズという学者さんの説が前提の教科書が多くあった中、ハイエク氏は世間一般では脚光を浴びてなかったもののその思想に共感を覚えました。
私は貴族階級にいるわけでも上級国民でもありませんが、お金だけではなく気高さ(もしくは男気?)というものは大事かなとは思います。
最後は漫画「ベルサイユのバラ」のアニメのOPの歌詞の一節です。
「バラはバラは気高く咲いて、バラはバラは美しく散る」
※「ノブレス・オブリージュ」で画像検索したら知らないロボットが出てきました。
Posted by 木原 昌彦 at 09:30│Comments(0)