ウソつきは政治家のはじまり?

木原 昌彦

2016年04月24日 14:51



私は基本、新聞を読むのも、テレビを観るのもずいぶん前に卒業しました。読んだり、観たりすると内容のみならず表現方法の間違いが気になるからです。

若い頃、企業調査や経済調査の仕事をしていました。調査の前には、対象に関する記事などを収集してから、取材先に裏をとったりもしました。結果として間違いであった記事が散見されました。もっとも、新聞記事やテレビのニュースの内容が本当だと思っている人は最近はあまりいないのではとも想像します。結論としては、世の中を主成分分析した場合、ウソとインチキが大半を占めているのではないかと思っています。

最近、政治家がウソを言ったとかなんとかで話題になっているとひとから聞きます。

以前もブログで書いたことがありますが、私は民主制とか民主政には懐疑的です。
世の中いろんな考え方がありますが、まあいろんな人の意見を聞いていたら収拾がつかないかとも思います。
政治家が何かを成し遂げるために、詭弁を弄したり、有権者を騙すのは昔からあることですが、なぜそんに露骨なのだろうかとも思います。

先日、とあるセミナーで講師の方から聞いたのですが、「中国の政治家は、人民が7億人死んでも、残り3億が残ったら大丈夫と言っている」とのことです。ある意味、おおらかな考えかたとも言えます。さすが4千年の歴史がありますね。

ユダヤ人はかつて国が滅んだけれども、放浪しながらも自身の文化を(ある程度)後世に伝え、国を再興しました。日本人も一度、国土を失ってみるという経験が必要なのかとも思います。

政治家のウソを好意的に取ると、「敵を欺くにはまず味方から」か「嘘から出たマコト」でしょうか。

今日もとりとめもなく書いてしまいました。まあ、兼好法師の徒然草のような設定で。

おまけです。嘘つきが言った「私は嘘つきです」…本当に嘘つきなのかな?

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