組合活動…略して組活?

木原 昌彦

2023年01月09日 22:12



大学を出て最初に入った資産運用の会社には11年在籍しておりました。その会社は当時の準大手証券会社の事実上子会社で、給与やボーナスなどの水準も親会社とほぼ連動しており、会社自体の業績が良い時でも、親会社が赤字だったりすると期待できませんでした。子会社なのに一応、組合というものがありましたが、親会社の組合から情報をもらって組合員に報告する程度の活動で、強制的に集めた組合費は、懇親会や組合員だけの慰安旅行などの費用に当てていました。

私はコミュニストではないですが、本来、組合とは労働者が資本家や経営陣に対抗するために存在するものと思っていました。しかし大手の企業だと、組合の委員長をやって、経営陣の意向を受け入れ、組合員をうまくなだめると出世コースにのれる、といったことを見聞きしたことがあります。

20代後半に組合事務局のメンバーに選ばれた時に実情を知り、つまらんなあと思っていました。その後、30代のころ、副委員長に選ばれた時にどうせやるなら、面白くしようと思い、先輩の委員長をたきつけて、方針を一転し、会社の業績をよくするため、そして親会社のいいなりにならないように独立性を保つにはどうすればいいかなど、組合員からアイデアを集め、経営陣にぶつけてみようということになりました。副委員長になる前は経営企画室のような部署にいたので会社の状況はそれなりに把握し、何をすべきかというアイデアは持っていましたが、提案しても生意気だったせいか、なかなか採用されることはなかったので、自分のアイデアを組合員の総意と思わせるために、実は組合という存在を利用しようとしたのでした。

まず、組合員の会社や仕事に対する恣意的なアンケートを作成しました。イエスかノーで答える方式にして、この質問であれば、多くの組合員がこちらに回答すると予想し、結果を得てから統計処理とグラフを作成し、自分の考えを組合員が賛同しているように見える資料を作りました。もっとも、ちょっと気がとがめた部分もあったので、アンケートに自由記述欄も設けましたが、とある女子社員が書いた「みんながご飯を食べれるスペースが欲しい」とか「トイレに音楽を流して欲しい」などの回答を見た時は、そんなこと聞いているのではないんだけどと、少しがっかりしました。

翌年、委員長就任の打診がありましたが、委員長の任期は1年で委員長を1度やってしまうと、2度と組合に関われないことを知り、まだやりきっていないと思っていたので、組合の規定を熟読したら、副委員長は何年やってもいいということだったので、ほかの先輩に頼み込んで委員長になってもらい、結局副委員長を3年やりました。結果として、半分位は要求をのんでいただけたのでそれなりに満足しました。

私は基本的にはリベラル派ですが、体制を覆す革命的なことをせずとも、現存のルールや組織を変えなくとも、運用次第でどうにでもなるのでは思っています。どのようないい仕組みでも、出来た瞬間から腐敗しがちですが、革命は犠牲者が出ることが多いですし、急激な変化についてこれないひともいます。ということで健全なる保守というのもありかなとも思います。